個展が終わって余韻につかったのもつかの間、すぐ風邪をひき、一週間くらいぐずぐずしていました。予想以上に、自分は緊張していたよう。でも期間中は毎日が夢みたいな一週間でした。改めて、ありがとうございました。
そして、最近自分がアトリエ(兼寝室ですが…)として使っている部屋の作業机の配置を1日かけて大胆に変えた。太陽の光が多く机に当たるよう、自分の作業がしやすいよう、コンパクトに自分なりに考えて作業効率があがるような配置にする。
以前の配置より、収納力を増やしつつ、机一つ分スペースを減らすことに成功!
部屋が広々として掃除もしやすくなった気がします。不思議なことに、部屋をきれいにしてから、夜よく眠れるようになった。
で、アレの話ですが…
なんか、とても考えさせられる瞬間があったので書き留めておきます。
昨日からだんなが東北地方へ遠征に行っている。移動も含めて5日間。福島、宮城など回る。わたしは出発前夜、ビニール袋に入れたマスク5枚を彼に渡した。
とても複雑な気持ちだったし、自分が少し安心したいだけなのかもしれないけど、普通の夫婦より離れて過ごすことが多い分、彼の身体のことが自分の身体以上に心配だ。
また、東北は自分にとって第二の故郷。夏は毎年のように山形や岩手の田舎に遊びに行っていたし、気仙沼や福島にも何度か遊びに行った。自分の半分は東北で形成されたと言っても良いくらい、大切な思い出がいっぱいつまった場所だ。
だから東北に行く彼にマスクを渡すのはとても複雑な気持ちだった。マスクを渡してしまったら、もう自分の知っている東北ではなくなってしまう気がしたからだ。
だったら東京でもマスクをして過ごせば良いのではないかと思う。東京だって汚染がヤバイらしいという話は色々なところで聞く。自分が東京でマスクをしないのは、東北地方を比較の対象にして、まだ自分は大丈夫と思っていたいのかもしれない。現に、自分は東京を離れようとは思っていない。でも健康な子供が産めるのか、自分の大切なひとたちは長生きしてくれるか、考えても答えの無いモヤモヤしたものは常に抱えている。
自分の言っていることと行動が矛盾していることは分かっているけれど、家族の健康も今の生活もどっちも同じくらい自分にとっては大切。
事故が起きていなければ、こんなことも感じずに過ごしていたんだろうと思うとなんて都合の良い思考なんだろうとも思う。事故が起きた時のことなんて全然考えないで電気いっぱい使ってたもんな。むしろ事故って文字が自分の中に無かった。
そういう認識の甘さが自分たちの国を、最終的には自分たち個人の首を絞めているのではないか。コントロールできないものに手を出してしまったと後になって気づく。こんなことでもないと気付けないんだなぁ、人間て。
わたしは贅沢なんかできなくて良いし、ずっとアパート暮らしで構わない。
だたの毎日を淡々と送れるということがどれだけ幸せなことか。
今日本はこんな状況だし、放射能汚染のことについてもグタグタ書きましたが、だからと言って、暗い、険しい顔した大人ばかりの国になって欲しくない。こんな時だからこそ、これから産まれてくるこどもたちに少しでも夢を与えられる大人が増えて欲しいし、自分も自分の絵でできることを考えたいと思います。
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